Wの空間
ピピピ、ピピピ…
鳴り響くアラームを止め、今日もまた俺はやるべき場所へ向かう
正直この頃憂鬱だ。今後のことをなんで考えないといけない。今を楽しんでいきたい俺からしたら一日先のことを予定することすら精神的に参ってしまうというのに、なぜ将来のことを予測して動くという無駄なことを。必ずしも将来そうなるとは限らないのに。
そう思いながら身支度を済ます。
眠い目をこすりながらなんとか玄関まで行き、外へ出る。
車の鍵を左手に持ちながら駐車場へ向かう…
その時だった。
突然目の前からトラックが現れた。
鳴り響くクラクション、衝突。
跳ねられ、床に落ちるまでがスローモーションに移る。今まで生きたこと、家族のこと、友人のこと…これが『走馬灯』というものなのか?
バタッ、と床に俺は叩きつけられた。その時から少しづつ意識が消えていく。人の声が聞こえた気がするけれどもう何も残らない、聞こえない、響かない…
頭痛、耳鳴り、鼻を突き刺すような匂い。
俺はふと目が覚めた。頭痛が響いているがそもそもあの衝突で生きているのか、という関心の方が大きくて痛みなど置いて行っていた。
しかし、目を覚ましたのは病床…
ではなく、ただただ白色が続く空間であった。
そう、『白色』『White』である。
なんなんだ?この空間は。
だだっ広い白色の空間。底なしの空間。
とにかく、歩かないと話にならない。もしかしたら誰かいるかもしれない。
俺は戸惑いながらも冷静に、足を踏み出してみることにした。
耳鳴りが響く、病床のようなあの独特な匂い。
終わりのないその白い空間をまた1歩、1歩と足を踏み入れる。
なんなんだこの空間は。病院では無い…
もしかしてこれが俗に言う『死んだ後の世界』というものなのか?
そう思うと体が震えた。
本当に死んでしまった…いや、あの衝撃で死んでないのは逆におかしい。
…ならもしそんな世界なら人1人居ても良くないか?この世は何人もの人がこの瞬間も死んでいるからいない方が逆におかしい。もしかして一人一人生まれた瞬間に「あなたはこの世界に入る」と勝手にプログラミングされているのではない…のか?
そんな想像に走っていると…人影が。
人だ、人間がいる。
そう思い俺は走った。もしかしたらこの世界の住民…?それともあなたも死んだ人?
そんな思考が周りその人の元へ。
紫のワンピースを着ていて、何故か素足である。
「あの…あなたは何故ここに…?」
そう声をかけてみる。しかし…彼女は振り向かない。
まるで俺のことが見えていないかのごとく、この白色の壁を見ながら茶色の髪を触っている。
「あの…聞こえてますか?俺のことが、見えますか?」
何も返事がない。
肩を叩いて見たが感触がない。それどころかすり抜けてゆく。
…そうか、これは幻覚か…それとも何かから映し出されているのか…
疑問で脳が埋め尽くされる。
その少女は歩き出した。どこへ行くのだろう。俺もついて行くことにした。なにかに導かれるかもしれない。
歩いてから何分が経っただろう。無言でひたすら歩く少女。
終わりのない白い空間に身を包まれそうだ…ここに出口は無いのか?と不安になっていた。
その時、少女の足が止まった。
突然少女はこちらを見て何かを渡してきた。
俺それを受けとり、見てみた。
それは手紙のようなものでとても長い文章であった。
『初めまして。
私は…と言っても私に名前は無いのですが。
いわば私はAI、人工知能であるから。
親というものは特にいません。表記できません。
さて、あなたは今この世界はなにかと思われるかもしれませんが、はっきり言うと私にも分からないのです。
ただ1つ言うならば私はここの住民…ということにプログラムされています。
なぜこの世界が存在するか、なぜこの世界に時々人が来るかは分かりません。
私自身も分からないのです…路頭に迷わせて、本当にごめんなさい。
ただ私に会った、ということはめげずにこの空間から抜け出そうという思考があるわけですね。
そんな方に私はこの手紙と切符を渡すようになっています。
あと、この切符はもし現実の世界に帰れたら勝手に消滅されるようになっています。そもそもこの世界の記憶すら無くなってしまいますので。
長くなりましたが、現実世界でも諦めずに、歩き続けてくださいね。ありがとう。』
…この世界はよく分からないものが多い。
そんなことを思いながら下の方に付いている切符を手にする。
その時、だった。
急に、本当に急に。
瞬きしたら駅にいたのだ。深夜の駅、駅のメロディーが鳴り響く。
先程とは真逆な暗闇の中、電車がこちらの方へ向かう。
『如月駅、如月駅』
2月も中旬
白い雪が俺たちを包む。
あの少女は今、何をしているのだろう。
明日もまたこの身を動かさなければならない。
新しく巡る春へ向かって。
(2023/03/18 11:12:32)
椿